朝礼の無駄 ミーティングで集まって顔を合わせる意味

申し送りの無駄

無駄な申し送りを無くしたい。
そう思ったことはありませんか?
介護職の皆さん、朝の朝礼ありますか?
毎朝顔を合わせて申し送りして、連絡事項を確認し合うミーティング。
参加していて、「意味がないな~」「無駄だな~」と思ってしまうことありませんか?

私は全く意味が無いとは思いませんが、ユニットケアで職員を固定配置にしている施設では必要ないと思っています。
そこに経費をかけるのなら、他の部分にお金と時間を使ったほうが有意義ではないでしょうか?
今回はミーティングについて考えてみたいと思います。

IT化しているのに、毎回顔を合わせて申し送りをなぜ行うのか?

最近はIT化している介護施設も増えてきました。
せっかくIT化しているのだから、重要事項は「出勤したらPC画面から把握する」では駄目なのでしょうか?
誰でもいつでも確認できる道具があるのに、まるで活用できていない施設はけっこうあります。
IT化しているのに手書きの文章にこだわって、情報抜けが横行するような「愚行」を犯している場合も。
アナログだろうが、デジタルだろうが、「システム」は設計して運用しないと上手く回らない。
切り貼りしたシステムでエラーが量産されるのは当たり前な気がします。
なので、顔を合わせて行う申し送りにも「システム」として運用されているのなら大切な理由があるはずです。

ですが、その大切な理由が「施設長が直接夜勤者にお疲れ様を言いたい」「その日の勤務者を確認し、直接挨拶すると力が湧く」等、どうでも良いことだったりするのはなぜでしょう?

なぜこのような思考に陥るのか?
多分、昔からこの方法で仕事をしてきた施設長等、「古い介護施設関係者」がやり方を変えられないからだと思います。
そこに新しいシステムを導入しようとしても「設計」という概念がないので、新しいシステムに古いシステムを無理やり切り貼りしてしまうのではないでしょうか。

なので、大した理由もなく「申し送りで顔を合わせよう」と思えるんでしょうね。

朝の申し送りの弊害

では、朝の申し送りでどの様な弊害が生じているのか考えてみたいと思います。
「ユニット型で職員を固定配置にしている施設」
で私が経験したり聞いたりしてきた範囲内での話です。

  • 申し送りで業務を抜ける職員、それをフォローするために残業する職員

ユニット型施設の場合、必ずユニットから誰かが抜けて申し送りに行きます。
それが、2ユニットから1人、4ユニットから1人、1フロアから1人という場合もあります。
ユニットを抜けた1人を他の職員がフォローして抜けた穴を埋めます。
申し送りに行く職員は30分~40分程度ユニットを離れます。
最小人数で回している場合、夜勤明け職員は日勤者が申し送りから戻るまで帰ることができません。
8時30分から日勤者が申し送りに行くと、帰ってくるのが9時過ぎになります。それまで夜勤者は自分の仕事が出来ず、日勤業務を兼務します。
日勤者が申し送りから戻ってきてからやっと夜勤者は自分の業務に戻ることができ、夜勤業務が終わる頃には1時間近くの残業を強いられます。
この残業は記録に残りません。

  • 特定の職員が申し送りの当番になる

申し送りに行く職員は当番制です。しかし、当番は勤務形態で殆ど決定してしまいます。日勤者から1人、夜勤者から1人です。
毎回ほぼ同じ職員が申し送りに参加しています。
申し送りに参加するためには、「フロア内の情報をまとめる」「抜けている情報は聞きに行って修正する」「要観察者の報告内容をまとめる」「事故があれば経過を確認する」等、やることが沢山あり、気が抜けません。
日常業務をこなしながら申し送りの準備をしなければならず、何時もプレッシャーがかかる状態です。
申し送りに参加する職員は1日憂鬱な気分になってしまいます。
ここまでプレッシャーをかけて申し送りをさせる必要があるのでしょうか?
しかも、その職員を支えるために他の職員も協力しなければいけません。
「申し送り」という行為になぜこれほどのエネルギーをかけるのでしょうか。
しかも、不公平で偏りがあるシステムなので、不満が溜まります。

  • 申し送りで顔を合わせても伝達事項は伝わらない

顔を合わせて行う申し送りは一発勝負です。
口頭で伝えられた内容をメモするのですが、聞き間違えたり、聞き逃した情報は再度確認しようがありません。IT化していても記録されていないのです。
したがって、「申し送り」という行為をやり直しの効かない一発勝負のシステムにしていることに大きな問題があります。
事務、施設長、ケアマネ、栄養士が全体に伝える情報は伝達間違いが合った場合修正されることはありません。申し送りに参加しなかった職員は確認できないシステムになっている。
「口頭で伝えたのだから、PCに入力するのは二度手間になる。」というのが一発勝負になってしまう理由だと思われます。
一発勝負のシステムがシステムと呼べるのかすら怪しいですが、二度手間を減らそうとしてこの様になってしまうみたいです。

  • 誰一人として「顔を合わせた申し送り」を大切な業務だと認識しない

ユニットで働いている職員は誰ひとりとして「顔を合わせる申し送り」を大切な業務だと思っていません。
なぜなら、その申し送りから現場が助けられた事が無いからです。
逆に現場が必要な情報は入ってこず、どうでも良い情報ばかり入ってきます。
結果、現場が施設長、事務、ケアマネ、管理栄養士などの全体を把握しないといけない部署へ情報を伝えるための手段となっています。
現場の情報が欲しいから「ユニットから出てこっちへ来い」と言っているようなものです。
現場を大切にする意識が全く無い申し送りに誰が参加したいと思うでしょうか?
自らが楽をするために、介護現場が犠牲になればいいと思っている施設が多いのも事実です。

  • 顔を合わせて行う申し送りが、無意味な情報を伝える発表会になっている

分単位で動いている介護現場です。無駄な時間は全くありません。
人手不足で、更に余裕がない状態です。
そんな状態で参加した「顔を合わせる申し送り」が他部署への報告発表会になっている。
特に必要がない情報まで読み上げていくので、聞いている職員は苦痛以外の何者でもないです。
重要事項を伝える場です。
特段必要がない情報はPC画面を確認しましょう。
入居者様の正常なバイタル値など読み上げてなんの意味があるのでしょうか?
入居者様の召し上がった食事量や水分量も異常がない限り、読み上げる意味が分かりません。
大切だと思った部署が後から確認するだけで、要件は終わるはずです。
ただでさえ時間がないのに、申し送りで無駄な情報を伝えて更に時間を浪費しているのです。

ではどのようにすれば、申し送りの無駄を解決できるのでしょうか?

時間=資産という考え方が全く浸透しない介護施設は今後生き残れないと思います。
空室が目立ち始めた特養施設。
介護職員不足が深刻化して、ケアの質低下が止まらない現状で、どうしたら時間を無駄にしないで、情報伝達を正確に行えるのか?

主任、施設長、看護師がユニットの現場を回って情報の確認伝達を行う

  • 介護現場から申し送りのために人を徴収しない

介護現場から人を徴収して申し送りさせるのではなく、主任や看護師がユニットを回って重要事項を伝え、情報収集を行います。
100床の施設でも10ユニットの代表者5人から話を聞いて情報を伝えるだけです。
40分もあれば終わるのではないでしょうか?
施設長、主任、看護師がこの時間を無駄だと思うなら、現場の介護員も同じく事務所に出向くのが無駄だと思っています。
現場としては聞きに来てくれると、情報の伝達を行いやすく、間違いも起こりにくいと思います。
聞き返して、ゆっくりメモすることも可能です。

  • 手書きを廃止

手書きの申し送りは完全に廃止します。
手書きに費やしてた時間をPCへの入力に振り分けます。
こうすることで時間を節約し、伝達ミスを減らします。

  • PCの入力画面も併用する

介護員は情報をPCに入力するのが絶対条件とします。必要な情報はPCに入力されているので、
看護師、主任が申し送りに回ってきた際はPC画面を見ながら説明します。
主任や看護師がどういった事があったのか一度聞いてから再度、自分のPCを見て確認できます。

直接全員が会って申し送るのは大切だという意見も

全員が同じ場所で直接会って申し送るのが必要だと思う意見を見ていきたいと思います。

  • 全員が同じ場所にいるので、指示が出しやすい

全員が同じ場所に居るので、看護師、施設長等は、わからないことを聞いたり、直接指示を出しやすいです。
PC画面を見て指示を出すよりも、圧倒的に簡単で確実だと思われます。
直接会うことで直感的になり、指示も出しやすいです。
PC画面から情報を読み取るのはやっぱり慣れが必要です。ですが慣れれば簡単です。
また、直接会って申し送るのは、ユニットを個別に回ってもらっても効果は変わらないと思います。
全員が同じ場所にいる事の根拠にはならないでしょう。

  • 気が引き締まってプロ意識が芽生える

この意見も根拠が不明確です。
プロ意識の定義も曖昧で、こんなに簡単な事で組織が機能すれば苦労しません。
「気合と根性」の世界ですね。ロジックが苦手な人にありがちです。

  • 全員いるので、1分間スピーチをしたい

何のスピーチをするのでしょうか?もはや申し送りの体を成していません。
貴重な時間を浪費するのは簡単です。

ですが、こんな意見も。

その日経験した入居者の良い話をしてもらう。
すると、1日をとても良い気分で仕事することが出来る。

良い試みだと思います。
が、やはり根拠が不明瞭です。
「良い気分で仕事できた」とどうやって効果測定するのでしょうか?
その使った時間と効果をどうやって評価するのか全然分かりません。
思いつきの域を出ない方法だと思います。

結論

結局全員が集まる機会をなにかに使えないか?と考えてこの様な意見が出たのだと思います。
ですが、そもそも「集まる」という事に対して、根拠が無いです。
情報を正確に伝達するのが目的です。目的と手段が入れ替わった結果、不効率な申し送りが横行したのではないでしょうか?

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