昔の介護現場はどうだった?

昔の介護

介護保険制度が始まる前、私はもちろんこの業界で働いていません。
どんな環境だったのかその頃から働いていた人達から話を聞くことがよくあります。
まず、ユニットケアっていうものは存在しません。
全部が多床室です。

制度が違った

特養の入居者様は措置制度により決定されていました。今のように施設が自分たちで入居者様を選定することは出来なかったようです。
要は、行政から押し付けらる形で、入居者を受け入れることになっていました。
また、病院が老人ホームの代わりを果たしていた時代でもあります。

1973年、老人福祉法

1973年に老人医療費が無料化されたことで、病院が確実に儲かる老人の受け入れを積極的に進めました。結果「老人病院」というものが急増した。
高齢者の医療の確保に関する法律 1973年、老人福祉法
そこでは今とは全く違う介護、「虐待」「拘束」当たり前の状況で、非常に劣悪な環境だった。

1980年代の施設

老人ホームも例外ではなく、やはり今よりも劣悪な環境だったみたいです。
老人保護措置入所依頼があると、施設が受け入れて面倒を見る様な状態です。
経営者は経営努力なんていりません。全部税金です。そこで働いている人達も公務員。

「介護は家族が行うもの」という価値観が強かったので、老人施設は世間から離され、閉鎖された空間でした。

昔の老人福祉施設の職員は公務員扱いだった

公務員になるのは難しい、でも福祉の仕事からならどうにか公務員になることが出来る時代。
100%税金で運用なのですからまあ、殆ど公務員ですね。
ですが、施設の金回りがよくなるのは平成になって、バブル経済~バブルが終わる頃だったみたいです。
いま介護の現場にいる「ベテラン」と呼ばれている人達はこの頃から介護員として働いています。

介護員で正社員になるには今より大変だった

介護保険制度が始まってからも暫くは待遇が良く、正社員になるのは大変だったみたいです。
3年間下働きをして、試験を受けて、上からの推薦がないと正社員になれなかった施設もありました。
下働き時代は正社員よりきついシフトをこなし、休みも少なく、ボーナスも半分以下など、差別化されていたようです。
「いつか正社員になってもっと待遇がよくなるんだ」と思って我慢して働いていた。我慢すれば将来は比較的明るい時代だった。

介護現場は悲惨な状態

しかし、介護現場は悲惨な状態です。
なんせ措置制度ですから、行政から押し付けられた入居者を介護するのです。
どんな入居者も断れませんし、退去も許可なく出来ません。
入居者は入ったら出ることの出来ない刑務所のような感覚です。

刑務所のような施設で行われていた介護

これは一部の施設だけだと思いますが、以下のようなのは当たり前だったみたいです。

  • 朝は2時から起床しないと朝食に間に合わない

起床する人数が50人なんてザラです。
とても6時から起床していたのでは間に合いません。
なので、2時には起床します。

  • 整容なんてあってないようなもの

整容なんて顔をタオルで拭くだけ。拭いてもらえればまだいい方です。
目ヤニなんて付いていても誰も気にしません。

  • 拘束してもいい

入居者を拘束するのは当たり前。
病院のように思いっきり手足をベッドに縛るのは流石に出来なかったようですが、
車椅子を壁に向けて止めるようにしていた。
こうすることで立ち上がって転倒するリスクを回避していた。
入居者は壁に向いていて立ち上がれない状態でした。

  • ベッドの柵は四点柵が当たり前

ベッド柵は四方を全部囲むように四点柵が当たり前でした。
ベッドから降りようとして転倒するリスクを回避します。

  • オムツは定時にしか交換しない

どんだけ便臭していても、排尿でビショビショになっていてもオムツは定時にしか変えません。
皮膚に異変が出てくることも珍しくない。

  • 食事介助は一人で10人とか当たり前

食事介助なんて、一人で何人もやるのが当たり前です。
今のようにユニットじゃないので、丸テーブルに利用者を並べて一気に介助します。

一部ですが、この様な環境で介護は行われていました。

ベテラン介護員と呼ばれる人達

ベテラン介護員と呼ばれる人達は、この頃を知っています。
ある介護員は、「あの頃は酷かった」と言って、より良い介護を提供しようと努力します。
またある介護員は、「昔のほうが良かった。給料も手厚かったし、今よりうるさくなかった」と言って、昔の介護を懐かしんでいます。
この様な背景を見ていると、今のベテラン介護員がどの様な思考回路になっているのか理解しやすいかもしれません。
次回は、昔を引きずるベテラン介護員です。

 

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